10月、女性だけの5人部屋で誰かが言った。
「ここ、『大久保組』ばっかりらしいよ」
警視庁原宿署には、東京都内でもいくつかしかない女性用の留置施設がある。備品として置いてあった東野圭吾の推理小説をめくりながら、エナ(仮名)はその言葉を聞いた。
「私もだよ」と言うと、少し打ち解けた同房の女性が笑いかけてきた。 「ほんと? じゃあ、出たら探しに行ってみるね」
新宿区立大久保公園の周囲で客を待ち、売春をする女性たち。さまざまな容疑で逮捕された女性たちが入る警察の留置場では「大久保組」と呼ばれるらしい。
かつてない数に
歌舞伎町の路上に立つ女性は1年ほど前から増え始め、警視庁は2023年に入ってから春、夏、秋と集中的な取り締まりを重ねている。特に9、10月は2カ月間だけで検挙者数が61人に達した。18~22年の5年間、歌舞伎町で路上売春をしたとして逮捕された女性は年間23~53人。23年は10月までで100人を超え、いかにかつてないペースで逮捕者が増えているかが分かる。
エナもこの秋に売春防止法違反(客待ち)容疑で逮捕された一人だ。本人の強い希望で、年齢は明かせない。
「違法だっていうのは知ってるけど、正直に言えば、悪いことをしたとは思ってないよ。だって誰にも迷惑かけたわけじゃない。誰かに危害を加えたわけでもないし」
エナの逮捕は2回目だった。初めて逮捕された数年前は10日間の勾留後に不起訴になり、釈放後ほどなくしてまた大久保公園に行った。ほかに稼ぐ手段を思いつかなかったからだ。今回も容疑を認めて釈放されたが、少し違う考えを抱かざるを得ないでいる。
「次捕まったらもう3回目だよ。許されないよね。それに路上で稼ぐのって精神的にきつい。もうやめようかと思ってるよ」
私服捜査員
23年になって一段と強まる取り締まりだが、そのほとんどが私服捜査員による現行犯逮捕だ。警視庁では主に本部の保安課が担うが、生活安全特別捜査隊という機動的な部署や、都内の各警察署の捜査員がやってきて捜査をすることもある。
「実際の現場では捜査員の人数をかけ、よくよく事実を確認したうえで逮捕に至っています。なかなか大変ですよ」と保安課の幹部は言う。
男性捜査員が客を装って女性に話しかけ、金額交渉のうえで一緒にホテルへ向かう。ホテルの入り口で「警察です」と言った時、既に周囲には数人の捜査員が集まっている。
7月、マスクをつけた捜査員に話しかけられた女性は、身ぶり手ぶりで金額を伝えていた。合意したのだろう。うなずいて200メートルほど離れたホテルまで歩いたが、黒いヒールを履いた彼女の足は警察手帳を見せられた瞬間にピタリと止まった。逮捕され、そのまま車に乗せられていった。
これを含め、私(記者)は現行犯逮捕の場面に何度か居合わせたが、雑踏の中で私服姿の誰が捜査員かはまず分からない。もう何年も路上に立ち続け、「私服(捜査員)は見れば分かる」と豪語していたある女性も9月に初めて捕まった。
売春は、違法行為だ。売春防止法には、こう明記されている。
「『売春』とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう」(第2条)
「何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない」(第3条)
この通り、法律は売春と買春の両方を禁じている。だが、捕まるのは決まって売る側の女性だ。買う側の男性が捕まることはない。